東京写真月間2024
村上忍写真展「Plants with us -植物と私たちの生活」
Riti Rengupta写真展「things I can’t say out loud」
概要
“Plants with us -植物と私たちの生活-“ 村上忍
2つのエピソードが、これまで撮り続けてきた写真を今回の作品とするモチベーションになりました。
4年前の春のこと。愛猫が亡くなってその直後、私はたくさんの花を買いました。彼女の体を花で埋め尽くしたかった。
2年前の秋の夕暮れのこと。一人の妊婦さんがガラスのコップに刺した数輪の花を大切そうに手にして、どこかへ歩いていく姿に思わずシャッターを切ったのでした。
4年前の私のあの花を欲する衝動や、2年前の女性のわずかな花をどうしても何処かへ届けたいという様子から、花―植物の存在の意義について考え込んでしまいました。
そうして街を歩いてみると、わずかなスペースでも人は植物を育てていることにあらためて気づきました。植物の無い公園というものも見たことはありません。
家族の葬儀から帰ってきたある女性に「なぜ、亡くなった人に花を供えるの?」と聞くと「それしかできないから」。
花屋さんを始めて10年になる人に「なぜ花屋さんを始めたの?」と聞くと「なんとなく」。
私たちはなぜ花-植物を必要とするのでしょう?
写真家ヘンク・ヴィルスフート|Henk Wildschut|の写真集「Rooted」には厳しい日々を過ごしているであろう難民キャンプで、様々な植物が育てられている様子が写し出されていました。「植物をケアし、その生育を見守ることで植物との絆が生まれる。そしてその植物は育ての主のアイデンティティの一部にもなる」(「WORKSIGHT 17 plants/ethics」, 2022, P107から引用)
この事実からすると「ケア」あるいは「癒し」という言葉が鍵かもしれません。死者に花を供えることも心の痛みを癒すための一つの行動かもしれません。
植物はそのような優しい存在ではありますが、人の気配がなくなった場所には猛烈な力で繁殖していきます。私たちは植物の強靭な生命力とやさしさの境界線上で生きているのでしょうか。この問いはすぐに出るものではないでしょう。
レイチェル・カーソンの美しいエッセイ「センス・オブ・ワンダー」(=神秘さや不思議さに目を見はる感性)を大切にして、植物と私たちの在り方を見つめていきたいのです。
“things I can’t say out loud”「大きな声でいえないこと」 Riti Sengupta
8年間家を離れて暮らした後、パンデミックのさなかで、家族と空間をとりながら、家に戻った。距離が離れたことで、これまで私には見えなかった家族構成、特に家族の中で母の立場を突然意識するようになりました。彼女は、年齢以上に、妻であること、母であることに疲れてしまった。
彼女が当たり前だとおもっていた快適さが、私たちの家の空気に重く漂っています。この快適さが私を悩ませ始めました。母の家族のアーカイブを知ることで、母と、母の母の人生を垣間見ることができました。私は、女性たちが妻や母親になる前にどんな人生を送っていたのか、写真に撮られることがなかった物語、つまり家族のアルバムの中に居場所を見つけられなかった物語について疑問に思いました。
家父長制の歴史は、世界の他の国と同様、私の家族にも深く根付いています。この作品を通して母の人生、私の人生に浸透してきた家父長制の微妙な形とそれほど微妙でない形に対峙し、この「与える」という役割を女性の人生における達成の絶対的な頂点としてロマンチック化するよう私に問いかけたいと思っています。
開催期間
2024年6月5日(水)~6月30日(日)※月曜定休、6/13(木)~6/14(金)臨時休館
営業時間:11:00~19:00
会場
LUMIX BASE TOKYO
入場料
無料
作家プロフィール
村上 忍 / Shinobu Murakami
宮城県石巻市生まれ 仙台市在住
公益社団法人 日本写真協会会員
2019年~2020年 写真家・米山光昭氏に師事。
2021年~ 写真家・伊藤トオル氏に師事。
朝早い時間にカメラを持って散歩するのが日課。
Riti Sengupta / リティ・セングプタ
1993年生まれ Kolkata(コルカタ)出身
ナショナル・インスティテュート・オブ・デザインの修士号を取得。
2016年、ゲーテ・インスティテュートの奨学金を得て、ドイツのライプツィヒにあるグラフィック・ブックス大学に留学。
彼女の作品は、アイデンティティ、記憶、ジェンダーの政治的概念への探求である。インドの写真において女性が伝統的に表現されてきた方法を脱構築するものである。